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「プレイスメイキング」から見えてきた、2020年代のソーシャルプロジェクトの行方 ――YouFab2019審査会レポート

FabCafe Global

デジタルとフィジカルを越境したプロジェクトの成果・作品を評価するアワードYouFab Global Creative Awards 2019(以下、YouFab)。オーストリア出身の思想家イヴァン・イリイチが提唱した概念である「コンヴィヴィアリティ(自立共生)」を引用して、「コンヴィヴィアリティ – 古いOSと新しいOSのはざまから⽣まれ出てくるもの」をテーマとした今回は、43ヶ国から過去最多となる285作品が集まった。形態、意味合い、時間軸――これまでと全く異なった傾向の作品は、なぜGRAND PRIZEに選ばれたのか? 「これから5年、10年先のYouFabの方向性が決まったかもしれない」という声も挙がった審査会の様子をレポートする。

テキスト=秋吉成紀 編集=原口さとみ、石塚千晃 写真=Aya Suzuki

▲審査会の様子や、各審査員へのインタビューのダイジェスト・ムービー

「プレイスメイキング」はFABの精神を表す行為

審査会では、審査委員長の若林恵氏をはじめ、文化人類学者の松村圭一郎氏(岡山大学文学部准教授)、インドネシア・ジャカルタのアートコレクティブ「Ruangrupa dan Gudskul Ekosistem(ルアンルパ)」メンバーのレオンハルト・バルトロメウス氏(以下、バルト)、林千晶(ロフトワーク代表取締役)、そして審査会チェアマンとしてFabCafe共同設立者の福田敏也が参加し、審査員各自がピックアップした作品をもとに審査が行われた。そして議論の結果、2019年のGRAND PRIZEは、インドネシアのアーティスト集団「collective Hysteria(以後、ヒステリア)」のアートビエンナーレ『Penta KLabs』に決定。

『Penta KLabs』(Collective Hysteria)

例年の受賞作品とは大きく趣向の異なるこのプロジェクトは、いわゆる“先端的なテクノロジーの成果”というものではない。インドネシアのスマランで開催される、DIYのアートビエンナーレだ。テクノロジーによるFAB的な実践を重視してきたYouFabにおいて、この作品はどのような軸で評価されたのか。

審査会の議論の中で重視されたのは、会の序盤にバルト氏が提示した「プレイスメイキング=場所づくり」というコンセプトだ。バルト氏は「プレイスメイキング」は、動的で、プロセスを重視し、普遍性よりも可変性を重んじるといったFABの精神を表す行為であると語り、他の審査員も同調したこのコンセプトが、審査の方向性を大きく決めた。

「『Penta KLabs』は、民衆、アーティスト、自然環境の3つの間を橋渡しするというアイデアを実現させています。ヒステリアのメンバーは、技術の進歩よりもまず人間や環境のニーズに焦点を合わせることに注力しました。アーティストは現地に滞在してその地域特有の問題(環境問題や政治的、宗教的な話題)を集め、それをテーマに現地の人たちと一緒に作品を育て上げるプロセスがあります。現地の人々がアーティストをアートの外、つまり社会へ連れ出し、アーティストが社会の中での常識をハッキングしたりできるような仕掛けがあったりして、テクノロジーや特別なデバイスは使われていませんが、その共有性やコミュニティエンゲージメントの実践を“コンヴィヴィアリティ —・テクノロジー”と見なすことができると思いました」。

審査委員長の若林氏はこう話す。

「3DプリンタなどのFABを象徴するようなテクノジー自体に、特権性がなくなったということかもしれない。つまり、テクノロジーが選択肢のひとつになり、必ずしもテクノロジーが必要ではなくなったということ。“テクノロジーに引っ張られすぎずに、誰でもできるじゃんという状況を実現する”というポストテクノロジー的な視点こそ、YouFabが目指してきたものの本質なんだと思います」。

「作品やプロジェクトの中でのテクノロジーは選択的な条件であり必要条件ではない」という考え方は、YouFabのこれまでの前提を覆したとも思えるかもしれない。しかし、YouFab2019のキックオフイベントでも、YouFab2019の特別賞「Next STEAM賞」の関連イベントでも、テクノロジー論に展開する場面は少なかった。今回の「コンヴィヴィアリティ」というテーマの影響は多分にあるだろうが、応募された作品にテクノロジー先行ではない作品が多かったということも含め、今回の審査結果はFABが置かれている状況の変化を物語っているのかもしれない。

テクノロジーに「使われる」のではなく、主体的に使うという態度

では、ファイナリストの選定や他の受賞作はどう評価していったのか。バルト氏は「テクノロジーの進歩そのものに焦点を合わせているだけでなく、テクノロジーと人間、そして環境の関係性を見ようとしているものを選びました。コンヴィヴィアリティというテーマをどのように解釈して提示したのか、さまざまな方向性の作品が見られて本当に面白かった」と話す一方で、松村氏はこう述べた。

「色々と迷いながら、「これはコンヴィヴィアリティに繋がるのか?」を考えて審査しました。ハイテクノロジーには正直心を揺さぶられなくて、テクノロジーに使われるのではなく、テクノロジーを自分たちの生活をより良くするための道具として使った作品を選びました。また、「作品ができました、さあ見てください」と完結しきっているものではなく、その作品をつくる時にどのようなコラボレーションが起きているか、いかなるコミュニケーションが取られているかなどが考えられている作品も重視しました。最終的には、作品を見る人も作家が制作のなかで巡った変容の影響を受けるような、鑑賞者も巻き込む長い時間軸を含んだ作品を残すようにしました」。

松村氏の発言を受けて、若林氏は「『今生きている環境で“コンヴィヴィアリティ”を取り戻す、再発見する、組み直す』みたいな作品が来るといいなと思っていたので、一応そういう要件を満たしていればいいのかなくらいの感覚で選んでましたね。審査会の現場でどういう基軸が出てくるのかを楽しみにしていたというのが正直なところ」としたうえで、審査を通して発見したことをこう語った。

「バルトさんが示した “プレイスメイキング” は、前々から気になっていたコンセプトで、それを巡って議論ができたのはよかったですね。現在、デジタルとフィジカルはもはや一体化しつつあるので、“プレイス”と一口に言ってもフィジカルな意味だけではない。今一度“プレイス”というものを定義し直すことが、今一番面白いフィールドのひとつなのかなと改めて認識した気がします」。

続けて、松村氏と林も審査における発見を語った。

「アワードの審査に関わったことがなかったので、多分私が選んだものはみなさんと違うんだろうなと思って来てみたら、意外と重なっていて正直驚きました。活動するフィールドが違っても心惹かれる作品に重なる部分があるというのはひとつの発見でした。また、1つの作品を見てみてもいろんな見方がありうることに気づけたし、議論していくうちにそれぞれの視点が収束していくというのは面白い経験でした」(松村氏)

「私の中で発見だったのは、『テクノロジーは新興国にとっては消費に過ぎない』ということ。その実態に対して、人間の力はいわゆるテクノロジーがなくても同等あるいはもっと良いものを作ることができるという視点に納得させられました。『テクノロジーによってどう進んでいくか』ということではなく、『テクノロジーというものをどう捉えて進んでいくのか』ということ。『どう使っていくのか』ではなく『どう捉えるのか』という、これから5年先10年先のYouFabの方向性が決まったような気がしますね」(林)

評価基準は、完成形からプロセスへ

審査会終了後、今年の審査を経て次回への期待を審査メンバーに聞いた。

「『コンヴィヴィアリティ』とはまた全然違うテーマで、全く異なる作品に出会いたいですね。例えば、今年の受賞作がまた違う展開をしていたり、毛色の異なるコンセプトと結びついて新しいものができていたりと、予想を覆してくれるような作品を期待します」(松村氏)

「今回、インドネシアからグランプリが出たことで、「いわゆる“進んでいる” と言われていた国が実は進んでいないんだよ」という問いかけにもなったかと思います。欧米や日本から「何くそ!」と、もっと高い次元の作品が届くことを期待します」(林)

「人と人のつながりをもたらす可能性のある作品やプロジェクトをもっと見たいです。テクノロジーとは、お金やインフラ同様に、他の人と共有できるリソース(資源)の1つであると見なすべきだというのが私の考えです。テクノロジーに対する考え方を変えなければ、テクノロジーはさらに排他的なものになってしまいこれまでと何も変わることはありません。リソースを共有するというアイデアは我々にとって、今最も必要とするものだと思います。今後のYouFabでは、リソースを誰しもが使えるように開放していくプロジェクトやアイデアを期待しますね」(バルト氏)

「今後のYouFabにとって『プロセスをいかに評価するか』が重要になってくる気がしています。応募されたものを“作品の完成形”として評価してしまったら、完成形としての美しさや精度の高さがどうしても基準に入ってきてしまう。作品をプロセスそのものとして評価できる基軸を持ち始めると、アワードとしての独自性も出てくるだろうし、より時代に則した形で社会的な活動を評価できるようになるのかなという気がしています。だからプロセスとして評価できるものを期待したい。今年のYouFabではそんなものを評価できる新しい物差しを手に入れたような気持ちがちょっとしています」(若林氏)

GRAND PRIZEの『Penta KLabs』をはじめ、全受賞作品と審査委員長の若林氏による総評はこちらから。
https://www.YouFab.info/2019/winners_jp.html?lang=ja