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YouFab Global Creative Awards 2021 ー「民主的」なものづくりと、「私たち」の実験

YouFab Global Creative Awards Committee

今年10周年を迎えるYouFabアワードのテーマは、Democratic experiment(s)。「ものづくりだけではない、”実験”のアワード」という意味が込められた、一見抽象的で複雑だが、突き詰めると明快なこの審査テーマ。理解を深めるべく、審査委員長である伊藤亜紗、 審査員の塚田有那、YouFabオーナーの林千晶の3名が座談会を開催。それぞの考える「Democratic」、そして「つくる」という行為についても語り合いながら、テーマを紐解いていく。

ライター / Rikako Maruyama、インタビュアー / Misaki Toda
撮影
/ Masanori Kawaharada、編集 / Sho Hosotani

3Dプリンターから生まれたYouFab

ー 今年10年目となるYouFabアワードですが、概要と歩みについて教えてください。

林:YouFabはFabCafeと同時にできて、今年で10年目となります。当時は3Dプリンターもレーザーカッターも新しい技術で、どういったものなのか皆よくわかっていない。そこで、3Dプリンターやレーザーカッターを使ってこんなものが作れるんだよという認知を広めたくて始まったのがYouFabでした。

3Dプリンターはこの10年間で大きく変わり、分野も領域も広がってきました。技術もどんどん成熟していき、2015年のグランプリは3Dプリンターを使ったドレスに贈られています。
[ Kinematics Dress:YouFab Global Creative Awards 2015 Grand Prize ]

データを取り込んでそのまま縫ってくれるようなデジタルミシンが出てきたり、森林の3Dデータをもとに木々を掘削するようなものがあったりと…
[ 樹形や枝葉が3Dで鮮明に。最新のレーザ計測技術が捉える森の姿と、その活用

それを踏まえても、YouFabの領域がますます広がってきているなと感じます。ただ、やっぱり「私たちがつくること」でしか明日って生まれないということ。それは、今年のテーマである「Democratic experiment(s)」につながります。これはYouFabが10年間やってきたことでもあり、10年目にして何がつくれるの?っていうことを、今年度は改めて応募者のみなさんに問いたいなっていう風に思いました。

林千晶:YouFab Global Creative Awards オーナー。株式会社ロフトワーク共同創業者 取締役会長。早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間200件を超える。グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材の新たな可能性を探求する「MTRL」、オンライン公募・審査でクリエイターとの共創を促進する「AWRD」などのコミュニティやプラットフォームを運営。

Democratic experiment(s) - 民主的なものづくりと、民主主義の実験

ー それでは、YouFabとして「私たちがつくること」の可能性を模索していく上で、今年度のテーマである「Democratic experiment(s)」を紐解いていきたいです。審査員長として、どうしてこのテーマにされたのでしょうか?

伊藤:「Democratic experiment(s)」には2つのニュアンスを込めたつもりです。まず一つめは、「民主的な実験」。つまり、ものづくりという実験を、民主的な手続きと態度で行っていく、ということです。もう一つは「民主主義の実験」。つまり、つくることを通して民主主義のあり方をつくることです。この言葉のヒントは、建築家の塚本由晴さんからからいただきました。

東京工業大学のキャンパスの中に、環境エネルギーイノベーション棟という、彼がいくつかの研究室と協働して作ったとてもかっこいい建物があるんです。線路のカーブにそって建っていているのですが、線路に面したところが4000枚のソーラーパネルでおおわれていて。東日本大震災の直後に建ったので、使う電力はほぼすべて自給できるようなデザインになっているんです。

この建物は文句なくスマートです。でも塚本さんは、同時に疑問も感じていたそうです。それは、この建物があまりにスマートなので、まるで「中で暮らしている人は生活を変えなくていいよ」というメッセージを発しているように思えたからです。

確かに、今わたしたちは温暖化や富の不均衡など地球規模の問題を抱えていて、これまでとは違う暮らしのあり方を模索すべき時に生きています。ソーラーパネルつきの建物で暮らすことは、一見すると環境に配慮した選択に思えます。実際にCO2排出量も60%以上削減されています。でも中にいる人の暮らしが変わらなかったら、長い目で見れば、それはこれまでの大量生産・大量消費的な価値観を温存させ、問題を先送りすることにしかならないのではないか。そう考えるとちょっと怖くなります。

塚本さん自身は、そこから「資源的人」をコンセプトに新たな活動をはじめました。「人的資源」の最初の「人」を最後に持ってきて、「資源的人」 です。一般的には「人的資源」と言うと、企業などの既存の組織にとって使いやすい人間という意味になると思います。でも彼が言うには、自分が生きていく上で必要な資源を環境から取りだせる人間を作らなきゃいけないんだと。それが「資源的人」ですね。そこで、千葉県の鴨川の山の中にコミュニティのようなものを作り、農業をしたり、古民家を改装したり、さまざまな活動をされています。つまり、彼の研究室は、環境と向き合って生きていく知恵を身につけられるような、そんな人を育てているんです。この雑草は食べられるんだろうかとか、今日は寒いから焚き火をしなくちゃいけないなとか、そういうことです。

そこで塚本さんが語ってくれたのは、建築というのは結局、無数のステークホルダーたちとの打ち合わせの連続なんだ、ということです。建てることに関係するすべてのステークホルダー、それはもちろん発注者もそうなんですけど、そこの環境に住んでいる動物や植物、菌、もしかしたらもう死んでる人とか…人間、非人間に関わらず、その建築をつくるという行為に関係する様々な人と対話を重ねる、それが建築なんだと。そういう意味で、建築というのは毎回民主主義の実験なんだ、とおっしゃっていた。その言葉に私はとても感動して、それがずっと心に残っていました。それが今回のテーマを決めるにあたってのヒントになりました。

これまでのものづくりというのは、自分の作りたいものを使いたい材料で再現して、アトリエの中で完結していたと思うんです。それが大量生産・大量消費的な便利さを支えていたと思うんですが、そのことが環境問題や富の不平等など様々な問題を引き起こしてきた。

でも、何かをつくるという行為には、実は無限のステークホルダーが関わっていて、意識しないところで引っ張りあって影響を与え合ってしまう。1つ作るだけですべてが繋がってしまうという事実から、もう目を背けてはいけない。つくるという行為が様々なものと繋がっているということを自覚した上でつくる。それが民主的に「つくる」ということであり、それが新しい民主主義の実験になるんじゃないか。そんな想いがあります。

伊藤亜紗:YouFab Global Creative Awards 2021 審査員長。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長、リベラルアーツ研究教育院教授。MIT客員研究員(2019)。専門は美学、現代アート。もともと生物学者を目指していたが、大学3年次より文転。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻美学芸術学専門分野博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、『どもる体』(医学書院)、『記憶する体』(春秋社)、『手の倫理』(講談社)。WIRED Audi INNOVATION AWARD 2017、第13回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞(2020)受賞。第42回サントリー学芸賞受賞。

「Democratic」を、今もう一度考える

 これは根本的な問いになるのですが、そもそも皆さんは「Democratic」、そして「experiment(s) 」をどのように捉えているのでしょうか?

塚田:「Democratic experiment(s)」という言葉を聞いて思い出したのが、2013年のアルスエレクトロニカのデジタルコミュニティ部門でも表彰された、「El Campo de Cebada」というバルセロナの取り組みです。

リーマンショック以降、経済危機によってバルセロナの街に空き家が増えた時期があり、大きな商業施設になる予定だった場所が巨大な空き地になってしまったんですね。ある時からそこに人がベンチを置き、コーヒーを飲み始め、子ども用の滑り台が設置され、週末は野外ステージが開かれるようになり、コモンスペースになっていったそうなんです。そのプロセスがまるごとアルスエレクトロニカで大賞(ゴールデンニカ)を取る結果になりました。

私はそれを知って、まちのなかに余白があったからこそ、新しいものが生まれるんだなと思ったんです。目的が最初からあったとしたら、人々はそれに沿った振る舞いしかしなかったんじゃないかなって。

この「Democratic experiment(s)」も、目的をもったプロジェクトというよりも、いかに余白から新しいものが生まれるか、そこから人の想像力がどのように立ち上がるのかを発見できると面白いなと思っています。

さらには、「Democratic」というと、皆で集まって知恵を出し合うというイメージもある一方で、全く意見が異なる人たちと、どう共生するか、共存するかという試みでもあると思っています。

考え方の全く異なる人、共通言語を持たない人たちの間にはどうしても摩擦が生まれてしまうと思っていて、でもその摩擦を超えた先に見えてくるものってありますよね。

塚田有那:YouFab Global Creative Awards 2021 審査員。一般社団法人Whole Universe代表理事。編集者、キュレーター。世界のアートサイエンスを伝えるメディア「Bound Baw」編集長。2010年、サイエンスと異分野をつなぐプロジェクト「SYNAPSE」を若手研究者と共に始動。12年より、東京エレクトロン「solaé art gallery project」のアートキュレーターを務める。16年より、JST/RISTEX「人と情報のエコシステム(HITE)」のメディア戦略を担当。近著に『ART SCIENCE is. アートサイエンスが導く世界の変容』(ビー・エヌ・エヌ)、共著に『情報環世界 - 身体とAIの間であそぶガイドブック』(NTT出版)、編集書籍に長谷川愛『20XX年の革命家になるには-スペキュラティヴ・デザインの授業』(ビー・エヌ・エヌ)がある。大阪芸術大学アートサイエンス学科非常勤講師。

伊藤:本当にそうですね。今回、私のテキストにも「誠実」という言葉を使っていますが、その意図するところは、まさにその「摩擦にいちいち反応すること」だと思います。

「Democratic」って、普遍性がないことだと思っています。それぞれの場所に集まった人や材料などの条件を踏まえた上で最適解を探して開花していくものだし、その個別性を追求できるのが誠実な民主主義なんじゃないかな。

林:シンプルにいうと、「Democratic」というのは「私たち」。私=「I」も含めた「We」を意味するんだと思います。

塚田:同意です。さらに付け加えると、「私たち」で想像できる範囲をいかに広げるかが、ポスト民主主義的な発想になってくるのかなと。例えば「私たち日本人は」と言ったときにこぼれ落ちるものがあるように、「私たち人間は」と言っても、人間だけではないよね、他の生き物だっているよね、となるときってあると思うんです。「私たち」と言ったときに想像できる範囲を広げていく、選択肢を増やしていくことが大事なのかなって。

伊藤:本当にその通りだなと思うと同時に、能動的にやるだけじゃなくて、特に「つくる」という行為を考えたときに、気づいたら巻き込まれている、ということから生まれるものもあるのかなと思います。

私はふだんの研究で障害のある方たちと関わる機会が多いのですが、能動的に手を出すことって大体うまくいかないんですよね。例えば目が見えない人がそこにいたら、この人とこの時間を楽しむにはどうしたらいいだろう、と、障害によって引出される創造性があります。障害が創造性を引き出していくときって、とっさに困っている人がいるから何かしなきゃと、体が動いている感じなんです。だから、自分が巻き込まれた状況の中で、何ができるのかを考えるというアプローチもあるんじゃないかと思います。

想像力のための創造力

ー 昨年から続くコロナ禍の中で、本当にたくさんのものが変化をしてきた、せざるをえなかったと思うのですが、皆さんにお話いただいた「Democratic」という面ではどんな変化があったと感じていますか?また、どんな課題があると感じますか?

塚田:これはとても個人的な話なんですが、私は最近和歌山の古民家に1ヶ月暮らしてみて、毎日コンクリートじゃなくて土を踏むという体験がすごく良くて…

田舎は静かだってよく言うけれど、実はとてもうるさいんですよ。虫の声や鳥の声もすごいし、人の気配より鹿の気配のほうがするんじゃないかというくらい。そういうところにいると、自分が何を食べて何を排泄しているのかといった、普段意識していない循環に意識が向きました。コロナで海外も行けなくて、閉ざされたからこそ、余計に日本のなかや身近なゾーンに意識が向いたなと思っています。

さっきの「私たち」という言葉が内包する、排他的な性質に気がつかないことがあるのと同じように、自分が普段多くのセンサーを閉じているなって思ったんです。自然回帰しているときに、音や匂いに囲まれて気が付いたんですが、自分のその普段閉じているセンサーを開くだけで、見えていなかった多くのものが見えてくることって多分にあると思いました。あのセンサーを鈍らせないようにしたいなって。

伊藤:私は、その辺にジレンマを抱えているんです。YouFabの審査クライテリアの中にもある想像力の分野なんですけど、想像力ってすごく限界があると思うんですよ。半径500メートルだったら想像力が及ぶけれど、地球規模の問題ってちょっと想像がつかないというか。

今は小学生なんかでもSDGsの勉強をしているんですが、自分たちの未来にあることは解決しなくてはいけない課題ばっかりで、楽しいことがない。問題しか待っていない。地球という、自分にとって範囲の大きすぎてよくわからないものに想いを馳せる練習ばかりしているけれど、そんなものに人間の想像力って追いつかないんじゃないかなって。

林:すごく共感します。私も最初は、「私たちがつくる」という意味で「Democratic experiment(s)」と言ったんですが、塚田さんが言ったように、いかにセンサーが普段閉じているかということに気がついたんです。でもそのセンサーって、自分で開こうと思って開くものでもなくて、外部によってしか開かないんですよね。伊藤さんが言っていた、「能動的にやるだけではなく、気がついたら巻き込まれている」というのがそういうところで…

塚田:半径500メートル以内の想像力というか、想像力の範囲というのには私も思うことがあって。広い想像力って何だろうという話で、じゃあ地球規模宇宙規模で考えられたら創造力豊かですねということになるのか。半径5メートルの中でどこまで深く掘るか、という想像力もあるわけじゃないですか。「Democratic」という言葉に関してもそうで、「Democratic」と言うとすごく広い言葉のように感じるかもしれないけれど、自分のセンサーが開いている中でどれくらい深掘りできるか。どれほど「無意識」に気がつけるかということを、実験的にやってもらいたいなと思います。

「つくる」の根本に立ち帰る、実験のアワードとして

ー 今回行われるexperiment(s)の先に、どのようなことを期待されていますか?

林:私たちが想像もしていなかった実験を見たいな、と思っていますね。そして、今回のexperiment(s)に参加してもらう方たちに期待することは、自分は国際的なアートのショーやアワードとは縁がない、と思っているような方たちに、ぜひ「巻き込まれた」と思って応募してほしいと思っています。

塚田:そうですね、私としてはアートの垣根を超えた、様々な実験のアワードとしてとらえてもらいたいなと考えています。

伊藤:Democraticというのも抽象的な言葉ですよね。でも突き詰めると、今回のテーマは「つくる」という行為の根本に帰るという、とてもシンプルなことだと思うんです。そもそも「つくる」とは何なのか、という。つくるということ自体が様々なものとの出会いを含んでいると思うんですが、その出会いの中には衝突するものもあると思っています。それによって自分の計画が変わっていくこともあると思うんですが、その紆余曲折含めて丸ごと楽しむことができたら、それは実はたくさんの可能性を含んでいるんじゃないかなって。応募者の皆様には、その可能性を広げていってほしいです。